日本の里やさと(八郷)・石岡市

日本の里100選に選ばれた八郷(やさと)

こんにちは mizukusa kasumigaura です。
やさとの里山、自然、歴史はすばらしいものが多くあります。生活の近代化に慣れた私達には、心になにか物足りなさを感じませんか。むかしからのふるさとの自然を筑波山や加波山の周辺のなかで、心に沁みる多くを感じることができました。山と源流とさとのある風景。最近の写真と以前の写真とを公開します。by mizukusa kasumigaura
Yasato was selected as one of Japan's best 100 villages.

  

2011年2月13日日曜日

恋瀬川と高友橋 石岡市柿岡高友



◎恋瀬川と高友橋 石岡市柿岡高友


◆恋瀬川高友橋
恋瀬川高友橋は石岡市役所八郷支所から水田の方へ向かって約300mのところにあります。少し離れた小高い丘は丸山古墳、佐志能神社です。
◆高友の水神宮
高友橋の上流側、恋瀬川の脇に水神宮を祀られています。現在の水神宮の後側にはやっと判読できる奮い石の碑があり、水神宮の文字がやっと判読できます。神木に榎の大木があり、根元から木蔦(フユズタ)が絡んでいて、エノキの木には宿り木が以前よりは少なくなったがかなりぶら下がっています。
この周辺には旧恋瀬川のせき止められた旧川が残っていますが現在、農村公園化が進められています。このすぐ道路を挟んだ山側には旧丸山砦、丸山古墳、佐志能神社がある。丸山古墳の堀は大部分が昔の姿を残しています。 


◆恋瀬川の水運
江戸時代から明治初期にかけて恋瀬川、高友橋の上流と下流に上河岸と下河岸があり、年貢米や穀物、日用品などを運ぶのに利用されていました。上河岸は滝重と呼ばれ、特に下河岸は明治の終わり頃まで河岸がありました。
安政2年(1855)の「柿岡村組合村村書上帳・柿岡高友河岸・浦須河岸・片野河岸三ヶ所」「元禄10年(1699)川俣村差出帳・高浜河岸江川船三里・船三艘内二艘ハ御船奉行極印壱艘ハ石黒小右衛門様極印」「嘉永5年(1852)半田村明細書上帳・米津高浜河岸迄川路三里江戸迄五拾三里」などとあり、川下から半田・川俣・片野根小屋・浦須・高友など五ヶ所の河岸がありました。【八郷町史・八郷町誌】


◆水車小屋
高友橋のひとつ上流の橋百目鬼橋の近くには水車小屋がありました。
榎の木と筑波山夕景
恋瀬川高友橋
恋瀬川高友橋 河岸があった
高友橋と高友 石岡市柿岡
一級河川恋瀬川(茨城県)
恋瀬川、高友橋、上流側
恋瀬川高友橋 2
恋瀬川、高友橋、上流側
恋瀬川、小川合流点
水神宮 高友橋付近
水神宮河岸 霞ヶ浦からの船便があった
昔の水神宮碑
水神宮と榎の宿り木
高友 石岡市柿岡(森は丸山古墳)
百目鬼橋(ざわめき橋)
ざわめき橋上流
石岡市役所八郷支所



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